ディロンさんのハタペーニョ
アイランド ホーム トレーディング ブルース・ディロンさん
※記事内容は2024年11月発刊時のものです。


幡多で生まれた〝ハタペーニョ〞

高知県幡多郡黒潮町は、約4㎞続く入野の砂浜にTシャツをはためかせる『砂浜美術館』などでよく知られている。
水平線を遮るものは何もなく、どこまでも広がる太平洋が清々しい。

今回取材したのは、この黒潮町でハラペーニョを栽培するブルース・ディロンさん、潤さん、ジャラくん一家。
オーストラリア出身のディロンさんは1995年に黒潮町にやって来た。「ゴールドコーストはサーフィンの聖地だけど、人がたくさん。私は人が多すぎない海が良くて」たどり着いた浮鞭の海で自らが立ち上げた『幡多サーフ道場』のサーフィンコーチを務めている。


妻の潤さんは、東京出身。ワーキングホリデー先のニュージーランドで偶然知りあった友人が高知県出身だった。その友人の勧めで帰国後に訪れた高知でディロンさんと出会う。「ワーホリから帰ってきて一時は東京で働きましたがすぐにニュージーランドが恋しくなり、そんな時訪れた高知がとても雰囲気が似ていて海も好きだし移住を決めました。ブルースさんがすでに移住して楽しく生活していたので不安はありませんでした」と潤さん。
ないなら自分で作る、自給自足から始まった

「国産のハラペーニョって少ないでしょう?」
とディロンさんに言われてはたと気付く。確かに日本のスーパーにいつも並んでいるような馴染み深い野菜ではない。
「私のふるさとや欧米圏では定番。ハラペーニョをピクルスにして、それぞれの家のレシピがある」。



ディロンさんがハラペーニョ栽培を始めたのは約18年前のこと。庭の家庭菜園で自分の食べる分を確保することが当初の目的だった。その後、ホームパーティーやおすそ分けで友人に振舞ったところ美味しいと評判になり、畑を借りて栽培規模を拡大したのだそう。
「幡多で育てたから〝ハタペーニョ〞と呼ぶことにした」と得意げに笑うディロンさんからはチャーミングな人柄が伺える。
ピクルスは丸一日かけて作業するそうで、朝の涼しい時間に収穫し、よく洗う。カットしてピクルスに漬け込むのだそう。フレッシュなハラペーニョはカットするだけでもスパイシーな香りがするので手袋を付けて作業している。
現在1年間で2,000~3,000瓶のピクルスが製造されており、その栽培から加工まで全てにディロンさんが携わっている。
サーフィンも農業もやってみないとわからない面白さ

畑仕事について「毎朝畑に行って話しかけて、成長を見るのが楽しい。赤ちゃんを育てる感覚」だと話すディロンさん。
「サーフィンも農業も仕事だけど趣味みたい。はじめは波に乗るのも難しそうって思うけど、できたら楽しいし。けど実際にやってみないと面白さはわからない。農業も同じ。もともとfarmerじゃない。はじめは自分たちの為にやっていたけど、今はお店に並んだり、友達の店のトッピングに使ってもらったり、食べてもらえることが嬉しい」と自分で手を動かして改めてその面白さに気づいたという。
「ハラペーニョは中毒性のある辛さが魅力。」ハラペーニョの辛さにやみつきになるように、ディロンさんたちのライフスタイルや取組み、情熱をもって手掛けられた〝ハタペーニョ〞が人々を魅了していくことだろう。

